~ 昭和 歌の歴史 ~
日時 10月24日(月) 10時
場所 公民館ホール
講師 片江 欣夫 氏
今年も皆さん楽しみにされている片江先生に講演をお願いしました。「私、今年89歳になります」先生のご挨拶にどよめく会場。近年、時事問題講座をご辞退され、一年に一回だけの出会いになりましたが、お元気そうなお姿に皆さん拍手、お慶び申し上げます。
会場の皆さんは流れる歌声に耳を傾けながら、
時折、目頭にハンカチを添えながら思い出に耽り、
先生の情感豊かなお話で感傷に浸ってありました。
歌にまつわる様々な人生模様・・・・・ 全16曲の抜粋
・「討匪行」 S.7.12 藤原 義江 国際的テナー歌手。満州事変勃発に日本との連絡船の中で本人 が作曲。
・「国境の町」 S.9.11 東海林 太郎 満州ハルピンにロシア革命によりロシア人が流入。異国情緒あふれる歌として大ヒット。
・「赤木の子守唄」 S.9.2 東海林 太郎 「支那の夜」の竹岡信幸が作曲。当初の題名は「やくざの子守唄」で、東海林が断るも、作詞家佐藤惣之助が男が歌う子守唄だと説得し、大ヒット。東海林太郎は、大腸がんを患いながら舞台を務めていた。
・「おしどり道中」 S.13.1 上原 敏・青葉 笙子 上原敏は召集令状に自ら申し出て出兵、南方の戦地で戦死する。リズム感の良さはピカイチであった。作曲の阿部武雄は何百万というギャラを銀座で一晩で使い果たし、翌日はギターの流しをして生活するような豪放な人でした。
・「マロニエの木陰」 S.12.3 松島 詩子 作曲の細川潤一は久留米出身。松島は90歳で舞台を降りると老健施設で生活したが、施設の要請に応えてピアノの弾き語りをしていたが93歳で死亡した。
おわりに
先生も来年は90歳!元気にお過ごしいただき、来年のお話を楽しみにしています。